財団からのお知らせ

「おあむの松」がすっきり姿を見せました。

2015.12.16

▲剪定前

▲剪定後。すっきり姿を見せました。



 「おあむの松」をご存知でしょうか?

大垣城天守西側におあむの松があります。

今回大垣城では、おあむの松に寄りかかり、鬱蒼と茂っていた

椎の木を剪定致しました。

おあむの松がすっきりと姿を見せてくれております。

皆様より、おあむの松はどこにあるの?とのご質問が

多くありますが、今までよりずっとご覧になりやすく

なりました。

 

 ここで、大垣城に伝わる「おあむ物語」を少し

ご紹介いたしましょう。


今から約400年前の関ヶ原の戦いの時、

石田三成の家臣 山田去暦の娘 おあむ達家族も

大垣城に籠城しておりました。

当時大垣城には、戦闘員としての男子だけではなく、

女子、子どもも入城して、城兵の取ってきた東軍の首に、

お歯黒を塗り、化粧をする仕事や、(上級武将の首にみせるため)

鉄砲玉(鉛玉)の鋳造をする仕事をしていました。

戦いの最中には、昼夜攻められ、弟も目の前で、鉄砲に撃たれ

死んでいくような残酷な籠城でした。

父の山田去暦は、以前家康の手習いの師匠だったため、ある日、

「今なら無事に城から抜け出せるよう手配してある逃げよ」

との矢文が東軍から飛来しました。

おあむ達は両親等4人程で、天守の西側にあった腰曲輪の松の木

に縄をかけ、それを伝って内堀に降り、たらいに乗って逃げたという

お話です。

 

 現在、その松が、一度枯れかけましたが、植え継ぎ、

「二代目おあむの松」として、天守西側に残っております。

 

 大垣城では、おあむ物語の巻物(複製)の展示もありますし、

書籍「おあむ物語」も販売しております(税込1000円)。

また、4月には、物語を元にしたイベント「水の都おおがきたらい舟」

も行われますよ。

 皆様もご来場の折に、おあむの松を眺めながら、遠く400年前

を回想されてはいかがでしょうか。

 

皆様のご来場をお待ちしております。