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所蔵品展『郷土の画人展』【3/29(木)~5/20(日)】

2018.03.30

▲所蔵品展『郷土の画人展』(リーフ表)

▲所蔵品展『郷土の画人展』(リーフ裏)


『郷土の画人展』

 


 文教の町大垣や近隣には、優れた画人が多く育ちました。村瀬秋水、大橋翠石、高木美石、仁林聾仙、大熊秀斎、奥富宝年、等々枚挙にいと間がありません。

 今回、大垣市郷土館の所蔵品・預託品から、これらの画人たちの作品を紹介します。



    【会   期】  3月29日(木) ~ 5月20日(日)

    【開館時間】  9:00~17:00 (入館16:30まで)

    【休 館 日】   毎週火曜日(4/3,4/10は開館)、5/2(水)、5/7(月)

    【入 館 料】   一般100円、高校生以下無料 ほか



◎展示内容


村瀬 秋水 (1784~1861) 作品名:春景山水、青緑山水〕
美濃市上有知生まれです。京都で張月樵、野呂介石に習いました。また、長崎に遊学して、長崎鉄翁にも習いました。中国の南宋画を手本として独学で南画を学びました。長兄は儒学者、次兄は尾張藩医。息子雪峡、孫藍水、従兄弟の子太乙の画枝に大きな影響を与えました。


江馬 細香 (1787~1861) 作品名:水墨竹の図六態〕
大垣藩主戸田氏教の侍医で美濃蘭学の祖といわれる江馬蘭斎の長女として安八郡藤江村(現大垣市)に生まれます。名は裊(じょう)、多保。字は細香、号は湘夢。初め京都永観堂の僧、玉潾和尚に水墨画を学び、後に頼山陽に詩文を学びました。中林竹洞、浦上春琴らとも往来し、名を高めます。文政年間以降、「白鴎社」や「咬菜社」などを結成し、郷土の文人や名士たちと詩文を作り交流しました。
詩・書・画の「三絶」を兼ね備えた文人であり、竹を描くことを好みました。芸術的完成期の作品は、整い揃い謹み深い「整斉謹厳」な50歳代、十分に熟達し優雅な「円熟洗練」な60歳代、俗を離れて縛られることのない「瀟洒自在」な70歳代と、特徴をみることができます。文久元年(1861)75歳で永眠、藤江町禅桂寺に父蘭斎と並んで葬られています。


高橋 杏村 (1804~1868) 作品名:川辺の老柳に群鷺の図、雪中山水の図〕
神戸町生まれです。京都で中村竹洞に南画を習いました。後、帰郷し、梁川星巌、神田柳溪らと交わりました。私塾「鉄鼎学舎」を開き、漢籍画法を指導し近江、尾張、三河まで及ぶ多くの人に教授しました。


安田 老山 (1830~1883) 作品名:水墨山水、椿と古木の図〕
海津市高須生まれです。高須藩医安田春庵の子です。長崎で日高鉄翁に学びました。のち清国に渡り、北宋画的な画で高名な胡公寿に師事して、中国各地を周遊写生しました。帰国後は東京に在住し、東都南画画壇で名声を博しました。山水、梅など水墨画が得意です。


蓑虫山人 (1836~1900) 作品名:漁樵問答図〕
安八町結生まれです。窮乏家庭で育ちましたが、一念発起して諸国を放浪しながら描きました。青年期には九州で鉄翁に学びました。東北で描いた作品は民俗学の資料としても重要なものとされています。考古学にも傾注し亀ヶ岡遺跡の発掘調査を手がけています。


佐久間 石居 (1841~1925) 雪景山水之図〕
長松生まれです。長松村名主、表佐村村長などを歴任しました。詩を宇野南村、画を日野霞山に師事しました。のち、魚住荊石にも学んでいます。


和田 瓢仙 (1860~1937) 作品名:十六雨羅漢之図〕
大垣市静里町生まれです。名は義之。北村石樵、天野方壺に師事しました。


仁林 聾仙 (1865~1935) 作品名:烏の図、船〕
大垣藩士仁林五介の三男として生まれましたが五歳の時、事故により聾者となりました。後、京都に出て四条派の画風を学びました。明治36年大阪勧業博覧会に出品した作品は、明治天皇の御用品となりました。南満州鉄道の総裁野村龍太郎(大垣出身)の招きで満州にわたり、ヤマトホテルの壁画を制作しています。満州に永住しています。


大橋 翠石 (1865~1945) 作品名:観音図、虎の図、猛虎図六曲金屏風〕
虎の絵を描かせたら日本一、と称された画家です。明治時代の内国勧業博覧会、大正時代の仏、米、英国などの博覧会に出品し、その名が世界中に広まりました。代表作「猛虎図六曲金屏風」と「観音図」を展示します。躍動感や精緻な筆致をご堪能ください。


大熊 秀斎 (1871~1938) 作品名:能楽図〕 
川並村水谷家に生まれました。日本画家になる志を立て上京し、土佐派の画法を学びました。伝統的な大和絵の復興を求め、人物画を得意としました。後、大垣に帰り大熊家の養子に入りますが、その後も京都の画家に学ぶなどして創作活動に励み、優れた作品を多く残しました。特に武者絵が有名です。


野原 桜州 (1886~1933) 作品名:芒と鹿の図〕
揖斐川町生まれです。大垣中学を卒業。上京し小林呉喬に師事して、花鳥、山水などの伝統的な運筆を学びました。明治38年東京美術学校に入学し、寺崎広業に学びました。後、岐阜、京都に移り活躍しました。薔薇と武者絵を得意としました。


奥富 寶年 (1886~1942) 作品名:雪〕
郭町生まれです。京都で円山派の巨匠鈴木松年に師事しました。その後南画の山岡米華の指導も受けました。上京して中央で活躍しようとしたが、長男や母の死で帰郷しました。よく写生旅行に出かけ、山水画を多く残しました。大垣近辺の書家、画家との交流を深めたり、狩猟、漁など多くの趣味を嗜みました。


高木 美石 (1886~1947) 作品名:猛虎図、鶏の図〕
大垣市上石津町出身で、京都で動物画を極めようと努力しました。特に虎と金魚の絵が有名です。翠石の虎画には大きな影響を受けたようです。後、大垣市内に住みました。今回は虎の図と鶏の図を展示します。


中村 勝龍 (1904~1962) 作品名:神苑之朝図〕
大垣市見取町生まれです。本名を勝三郎といいます。大正12年、大垣中学校を卒業し、翌年京都の山本春挙の画塾に入門し、画法を習いました。昭和17年帰郷し、本今町に住みました。戦後は大垣にて絵筆を執り、上田秋陽、川地寿山らと「七福会」をはじめます。美人画・花鳥図を得意とし終生絵筆を執りました。

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所蔵品展『郷土の画人展』(リーフ表)【PDF:658.9 KB 】 所蔵品展『郷土の画人展』(リーフ裏)【PDF:357.0 KB 】